池上彰さん特別寄稿「知恵をつかまえた少年」

「知恵をつかまえた少年」池上彰(ジャーナリスト) 「知恵をつかまえた少年」池上彰(ジャーナリスト)

夜間に自転車を漕ぐときは、前輪に小型のダイナモ(発電機)を接触させて発電し、ライトを点灯させるのが一般的でした。いまでは別の形式もあるとはいえ、私の子どもの頃は、こうしたダイナモでした。

これで、どうして発電できるのか。その理屈は、やがて中学校で「ファラデーの法則」を習うのですが、いまやすっかり忘れてしまった、という人も多いことでしょう。

この仕組みを図書館の本で独学。人々を食料危機から救ったのが、この映画の主人公であるウィリアム・カムクワンバ少年です。

舞台はアフリカ南東部に位置するマラウイ共和国。南北に長い内陸国で、面積は日本の約3分の1。モザンビークやタンザニア、ザンビアと国境を接します。国民の80%は農業に従事していますから、天候には敏感です。国際協力機構(JICA)の2018年のデータによると、8年間の義務教育の小学校は授業料が無償で就学率が92%を超えるものの、4年間の中学校は義務教育でなく、学費が必要なため、就学率は15%だそうです。電気の普及率は当時、全国で2%程度。少年の村にも電気は来ていません。夜は真っ暗。ランプで明かりをとります。

少年が中学校に進学した後の2001年、マラウイを旱魃が襲います。旱魃によって父は息子の学費が払えなくなり、少年は退学を余儀なくされます。授業料を払えずに中学校を退学する。日本では考えられない現実が、マラウイにはあるのです。

普通ならここで学校との縁が切れるのですが、彼は頼みこんで学校の図書館に通います。というのも、自転車の車輪を回すとライトが点灯することに気づき、その仕組みを学びたかったからです。こうして図書館で『エネルギーの利用』という本に出合います。自転車の車輪を人間が回すことで発電できるなら、風車で車輪を回せばいい。発電できたら、それでモーターを回し、井戸の水を汲み上げれば、畑に水を供給することができる。旱魃に負けることはないし、1年に二度収穫できるようになるではないか、というわけです。

ここで学ぶことの意味がわかります。「ファラデーの法則」が何の役に立つんだ。そう思った人もいたでしょうね。生きていく上で教育の力は大切なのです。

映画の中では、しばしば乾燥した土壌が舞い上がるシーンが出てきます。乾いた土地と強い風。この風を生かせば土地を潤せる。それを実現したのが教育の力なのです。

教育で「知恵をつかまえた」少年は、風もつかまえることができたのです。

※劇場用パンフレット解説より一部抜粋