ベタシュ・サナイハ(共同脚本・監督)
マリヤム・モガッダム(共同脚本・監督、主演)
香山リカ(精神科医)

香山さん:「長い間、精神科医の仕事をしているなかで、罪を犯してしまった人、失敗や過ちをおかしてしまった人と出会います。彼らはずっと悪い生き方をしてきたわけではなく、小さなことから犯罪や過ちに陥ってしまいます。その人たちがその後、どういう風に立ち直れるのかは簡単な問題ではないと思います。監督はどんな思いでこの映画をつくったのでしょうか?」

© Hamid Janipour

マリヤム監督:「日本には死刑制度がありますが、私たちの国にもあり、この制度にずっと関心を頂いていました。私が小さかった頃、父親は政治的理由で死刑となりました。私の母親は、主人公と同じミナという名前で、本作は彼女の経験からインスピレーションを受けています。私たちの死刑制度に対しての思いは、この映画を観ていただければ明らかだと思います。罪を犯させるのは社会、法であり、人を責めていけないと考えています。」

香山さん:「とても考えさせられる言葉だと思います。日本も経済的に昔のように成長する時代ではなくなり、格差も広がって苦しむ人たちも増えています。色々な社会の仕組みが壊れるなかで孤独になる人が追い詰められて罪を犯してしまう。社会が生んだ貧困や孤立という問題が犯罪を生んでいるという人がいる一方で、残念ながら本人が悪いと自己責任で片付ける人もいます。」

マリヤム監督:「孤独、孤立に追い込まれて罪を犯すことは間違いなくあると思っています。日本は民主的な国ですから、いろんなディスカッションでよりよくすること、変化させることができると思います。」

香山さん:「日本は死刑制度について議論が進まないのが現状です。世論調査では死刑に関して続けるのは止むを得ないが8割、死刑を廃止すべきは9%の1割以下。これには色々な理由があると思いますが、ひとつは命をもって償う、死んでお詫びするという、ある種の文化が根強いと思います。もう一つは、この映画でも主人公は遺族ですが、遺族の感情が話題になる。死刑制度がなくなった場合、遺族の痛みや悲しみは、何をもっておさめればいいのか。そのため死刑は止むを得ない、死刑しか感情がおさまらないという考えにつながるのではないかと思います。」

マリヤム監督:「映画の中でも、死刑制度についての会話が出てきます。死刑制度が犯罪の抑止に繋がると言いますが、北欧やスカンジナビアは死刑制度がない国で、統計でもイランや日本に比べて犯罪率が少なく、そこに何らかの意味があると感じています。償うために払うべきものは自由であって、命ではないと思っています。」

ベタシュ監督:「本作で伝えたいことは赦すことです。罰すること、復讐することは社会を向上させることにはならず、逆に新たな犯罪や暴力を増やしていくと思います。また、ご遺族の感情もディスカッションをしていかなければいけません。もし赦すことができるのであれば、終身刑という道もあると僕たちは思います。」

香山さん:「この映画の重要なテーマでもある冤罪についてお聞きします。人間はエラーを犯すものだと思います。精神科医として虚偽自白にも関わっていますが、人間は取り調べで追い詰められると、やってもいない罪を自白する。それによって死刑という後戻りできない刑罰が起きてしまうのは深刻な問題だと思います。」

ベタシュ監督:「映画製作の資金集めに難航したこともあり、10年近くリサーチをしました。50年〜60年代のアメリカやヨーロッパの判決を調べてはっきりしたのは、判事を含めて間違った判断をすることがあるということです。大きなプレッシャーの前では自分に不利なことを告白するということは、実在のケースを知ったことから私たちも感じました。万が一自分たちが間違った判決を出していたと気づけば、釈放することができる。まだチャンスが残される、そういう判決の出し方もあるのではと思います。」

マリヤム監督:「冤罪は殺人罪だけではなく、いろんな罪で起こり、間違った判決というのはあらゆる国で起こっています。しかも、まだ明かされていない冤罪はたくさん存在していると思っています。冤罪が存在しているだけで、法律を変える十分な理由になるのではないかと思います。」

ベタシュ監督:「人間というのは、古来から人をジャッジしはじめた時から、間違った見方をする生き物です。司法にも人間がかかわっている限り、人は間違いを犯すということを踏まえたうえで、法律を考えていかなければいけないと思います。」

香山さん::「最後に、主人公の娘のビタは聴覚障害、父親の不在、女性の生きづらさといった問題を抱えていますが、彼女にどんな大人になってほしいと思いますか。」

ベタシュ監督:「ビタが聴覚障害あることは、イランの女性を象徴するメタファーです。イラン人女性は声を発することができない、意見を言ったとしても誰にも聞いてもらえない、その状況を彼女に込めました。今は男女平等ではないことに女性たちは苦しんでいますが、希望の持てる未来になることを願っています。」

『白い牛のバラッド』公開と2/12(土)〜2/18(金)にユーロライブでの「第11回死刑映画週間」開催を記念し、べタシュ・ サナイハ監督、マリヤム・モガッダム監督と、これまでに死刑映画週間に登壇され、人権についての講演会も行われてきた精神科医の香山リカさんと2月上旬にオンラインで鼎談を実施いたしました。